否定から受け入れへ そして笑顔に

  • 2017.09.18 Monday
  • 19:35

 
山下です。

 

 

よく知り合いのヒーラーの話や、いつか読んだ本の記憶から
このメルマガを書いたりしています。

 

 

今回はネット上で見つけた記事から。

↓SPEEDの今井絵里子さんのこんな話です。
https://www.rbbtoday.com/article/2015/12/24/138196.html

 


これについて、なにかをこれ以上書き加える必要はないように思います。

ミュージシャンの子どもが聴覚障害だなんて、なんとむごいことでしょう。

 

 

そう感情移入しかけたら、、、

 

 

自分の子どもに謝ることも、泣くことも、それは生まれてきたこの子に
対する「否定」なんだ、と気づいたというのです。

 

 

また、そうであればこそ、この子の目にはママの笑顔を見せようという決意。

 


なにかを書き足すのは本当に「簡単」なんです。

 

 

「ちゃんとした子どもに産んであげられなかったから、
 この子に悪いことをしたと思う」

 

その「ちゃんと」とは何なんだ、善悪や既成の価値観、社会の役に立つ
迷惑をかける、そんなこと。

 


それらは、どうのこうのといじくりまわすのはとっても簡単。

 

でも、今は静かにこの記事の読後感に浸っていたい。

 

 

そして、なんとはなく幸せな気分になったのを、もう少ししてから
ふり返ってみたいと思います。

 

 

 


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ありがとうと言われて健康になる?

  • 2017.07.21 Friday
  • 13:42

山下です。

 

これは、ある難病にかかった方のお話らしいです。

 


その病気にかかってからというもの、いろんなことを断り、断念し、
お金と時間をあらゆる健康法、食事療法にとりくみ、ひたすらに自分の
健康回復につとめたらしいです。

 


そしてあるときに、ふと、

 

「自分は一体なんのために生きているのか」と思ったそうです。

 


自分の健康が回復してからあれをやろう、今は病気だからできないけれど・・・


この病気さえ治れば自分はあんなことをしたい、してあげたい。。

 

そんな五年間だったそうです。

 


求める「自分のため」にやり倒す。

それ自体は決しておかしいことではないと思います。

 


でも、もしかすると、人は誰でも根本では自分のために生きて
いるはずなのに、自分のため「だけ」をとことん追究すると、今度は
むなしくなるのかもしれません。

 

それは「誰も喜ばない人生」ということなのかもしれません。

 

 

お釈迦様は、お布施の功徳を説いた際に、

「私は貧しくて施すものがありません」という女性に、

「微笑みを施しなさい、それを顔施といいます」とお答えになったとか。

 


他人に笑顔をむけるだけでも施しになる。

 


その方も、他人のためになにかをやり始めたんだとか。

そうしたら、他人さんは喜びますよね。喜ばれたらまたしてあげたくなります。

それが忙しくなって病院に行くヒマがなくなり、
ホノルルマラソンを完走するまでになったんだとか。

 


「他人から喜ばれる人」ってとても充実感のある人生だと思いませんか?

 

自分のためだけにお金と時間を使って健康に取り組む。
切羽詰っているときはそれでもオーケーだと思います。

 


それはそれとして、行く先々、会う人毎に「ありがとう、ありがとう」と
言われながら生きていける人生もいいですよね。

 

それらは並行してやっていけそうな気もするんです。

 


自分のため「だけに」尽くして、健康になって、、、
でも誰からも「ありがとう」ひとつ言ってもらえない人生よりは、
他人にも尽くしてありがとうを言われながら健康回復に努めたっていいわけです。

 

 

周りのことはお構いなしで必死に自分の健康だけを追究する。、

 

まわりに気を配り、周りにも幸せを配りながら自分の健康も追求していく。

 

自分の幸せ感からいうと後者の方がより幸せかも。

 

 

と、この話を聞いて思いました。

 

 


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合理的な思考

  • 2017.07.04 Tuesday
  • 17:07

山下です。

みなさんのなかには、

「オカルティックなものや超常現象などは信じない、自分は物事を
客観的にみることのできる理性的な人間なんだ」

そう思われている方も決して少数ではないと思います。

科学的なもの、合理的なことを大事にする精神性は、迷信や悪しき風習を
何度も退けてきました。

 

今回は確かに理性的な「脳」についてのお話です。


こんな実験があるのだそうです。

・AさんとBさんが向かい合わせに座ります。Aさんは目隠しをします。

・CさんがAさんの横に立ちます。

・このCさんがAさんの右手をとってAさん右手の人差し指を
Bさんの鼻にあてます。

・次にCさんがAさんの左手をとってAさん自身の左手の人差し指を
Aさん自身の鼻にあてます。


それからCさんがまったく同時に、リズミカルに、しかし不規則な調子で
双方の鼻をトントンとたたくようにAさんの両方の人差し指を動かします。

「まったく同時」というのがミソです。


こういう実験をすると20人中、半数の人が錯覚を覚えるのだそうです。

どんな?


うんと手を伸ばして自分の鼻を叩いているような、、、

または、

自分の鼻が数十センチも伸びたかのような。

 

さて、どうして?

これは結果からの推測ですが、

脳とすれば、Bさんの鼻を叩いている右手から入ってくる感覚情報があります。
と同時に自分の鼻を叩いている左手からの感覚情報があります。


この叩くリズムがまったく同じ、ということは「偶然にはありえません」

「ということは、自分の指が自分の鼻を叩いている、
というのが一番可能性の高い説明だ」

「しかし、自分の右手は数十センチは離れている場所を叩いている」

「とするならば、自分の鼻も顔から数十センチ離れているに違いない」

こういう錯覚をするらしいのです。


すごいですよね、Cさんがいるのがわかっていてこういう錯覚に
おちいる人が半数もいるんだそうです。


脳は合理的でないものを退けるだけの理性的な面をもつ反面、脳なりに
「なにが合理的か」を判断して私たちに解釈を送ってよこします。

つまり、脳は客観的に見て客観的な情報を私たちに教えてくれる
「だけではなく」脳なりの「合理的な解釈を教えてくれている」可能性が
あるというわけです。


それを防ぐには、自分と違う意見を言う人がいたら、すぐに退けるのではなく、
まずは耳を傾ける姿勢が必要なのではないでしょうか。

そこから「新しい合理的な思考」と今までの自分の合理的な思考とを
比べ合わせる機会が生まれるのですから。

 

 

ツナグ

 


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ファントム・ペイン

  • 2017.05.23 Tuesday
  • 09:51

山下です。

ファントム・ペイン。幻肢痛、ともいいます。

事故や病気などで切断したあとの四肢が「痛い」。

すでに「無い」腕や足が痛い、という症状です。

 

単に腕をなくしたことを認めたくないなど、
精神の崩壊を招きたくない欲求からくる感覚だ、
というものでは説明がつかないらしいのです。

ギプスで腕を吊って、のちに切断することになった患者さんは、
腕がないにもかかわらず、
「吊った状態で無い腕が固定されている」
感覚に陥るというケースもあるようです。

 

しかも、痛い。無いはずの部分が痛い。

 

無い腕の痛みを治療できますか?

治療するには、

無い腕をもう一回無くしてあげるかしない気もします。


 

脳は成長するにつれ、衰えるだけだといわれています。

再生しない、とも。

(再生する、という研究も最近になって出始めました)


 

たとえそうだとしても、

「変化」はするんだろうと個人的に思っています。


 

この幻肢痛にしても、
事故や手術などから実に短期間で「出現」するらしい。

これを脳のなかで機能を司っている領域の「再配置」が
行われたからだと仮説をたてる学者先生がおられます。

なにかが「変化」するということではないでしょうか。

 

無い腕が「依然として存在する」、

しかもそこに「痛み」が感覚としてあらわれる。

 

感覚として幻肢が「動かせる」人の場合は、

感覚的にはなんでも「できる」そうです。


 

脳は不思議です。

 

実は、痛みや症状さえも

「固定」された絶対のものですらないのかもしれません。

 

脳は刺激を取り入れ、それを「合理的に解釈する」、

その結果、

「幻」を「在るもの」として認識することもある。


 

幻の腕に痛みを出せるのなら、

現存する腕の痛みをなくすこともできそう?

希望的観測ですが(苦笑)

 

脳からしたら、「絶対の」痛み・症状は

果たしてあるのでしょうか。

 

まだまだ脳はなぞだらけですね。


 

だからこそ、ご自身がいま抱えておられる症状に関しても、

一般常識だけに縛られず、

もっと広い視野で物事を捉えることで「良い変化」を起こす。

 

そんな可能性を引き寄せていきたいですね。

 


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鬱も耳鳴りと同じ

  • 2017.05.12 Friday
  • 11:15

多くの人は、

「鬱」を悪いもの扱いしたがるんですよね。


だけど、鬱も耳鳴りと同じで、

体の大切な機能の一つなんですけどね。


そういうのに気づかずに、
ただただ否定して抑え込もうとして無理して
そしてまたそのしわ寄せを・・・

堂々巡りなんです。


気づく方は気づかれますが、
僕がお伝えしていることって、
耳鳴り改善だけの話ではなかったりします。


●症状は体の機能

●症状は教えてくれている役割

●症状はそれ自体が改善させようとしている現れ


そう受け取れるようになってくると、
マイナスなことを考えるのもまた、体の機能。


体が、脳が、必要があって、

そうやって一生懸命に、思考を整理しているだけなんです。


なぜそれを否定しなければならないのでしょうか。


「マイナスなことを考えないようにしなくては」って、

そういう考えは、

マイナスを考えながらそれを否定(マイナス思考)していることに
気づくことが大切かと思います。

つまり、

それはただ単に、マイナスの上塗りしているだけなんです。

 

人間も例外なく自然の産物だと気づくことが大切です。

お天気を思い出して下さい。

晴れもあれば雨もある。

いろんな天候があるから、豊かな自然が保たれるわけですよね。

 

もし、晴れたいいお天気がつづいたらどうなるでしょうか?


ずっと晴れ続けたらどうなるでしょうか。


干びますよね。

 

思考も同じで、ずっとプラス思考というのは、
それだけ「偏っている」ということでもあるわけです。


鬱的な調子やマイナス思考に陥りがちな方というのは、

実生活において、頑張りすぎな人が起こりやすいです。


つまり、普段から頑張っているからこそ、
ブレーキの役目としてマイナスが働いているだけなんです。

 

晴れすぎたら雨を降らせて大地を潤わせる。

 

自然の働きとまったく同じ事が

人間の内側でも起こっていることに気づけるかどうか。

 

そうすると、頑張り過ぎなところで

少しずつ力を抜けるようになる。


心や体が教えてくれていることに気づけたら、
その変化をすぐに察知して、酷くなりすぎる前に
自制できるようになる。

そうやって上手くバランスがとれるようになると、
もう少し楽に生きていけるようになるわけなのです。


「良い悪い」で物事をジャッジしないことが大切なのです。


起こったことすべてに理由があることを

どれだけくみ取れるかがポイントなのかなと。

 

マイナスなことを考えるのは、

それだけ脳が整理している現れ。

 

雨が降ったときは、家で静かに大人しくしているように、

マイナス思考でいっぱいなときは、

ただその思考がわき上がるままにしてあげていたら良いんです。


雨が降るなら、降らせてあげていたら良いんです。

時間が経てば、勝手に雨はやみます。
自動的に雨はやみます。

 

マイナス思考も、思うだけ思ったら、

そこから少し晴れ間も見せるようになります。


不安ばかりな思考の中に、少し落ち着く瞬間も出てきます。


そのときに動き出せば良いだけなんです。


不安なときに不安なまま動くということは、
雨の中をわざわざびしょ濡れになりながら
外に飛び出しているのと同じですからね。


もう少し待って、やんでから外にでれば良いだけなのに。


マイナス思考も、少し冷静になったときに
行動に移せば良いのと同じ。


そのためには、焦るよりも、
自分の内側の変化を観察する目を養うことが大切かなと。


心の変化、体の変化に気づけるように
本来の能力を養って取り戻すことが大切かなと。

 

現代人は、世間の喧騒な情報に振り回されすぎて、
本来の自分の感覚をどんどん麻痺させて、
能力を低下させてしまっていたりします。

だから、
自分におこったことをどうしたら良いのかわからなくて
右往左往してしまうみたいです。


体をしっかりと感じとれるようになると、

体が何を求めているのか、

いまどうしたら良いのかが、自分でわかるようになるかと思います。

そこを養っていく練習が必要。

 

すぐに結果を急ぐのではなくて、

その間の「プロセス」をいかに大切にして、

そこからどれだけ学んで吸収できるかが

とても重要ではないでしょうか。

 

 


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おばさんのグチ

  • 2017.05.05 Friday
  • 20:22

山下です。

 

これは最近、私が直接耳にしたことなんです。


遠い親戚のおばさんのグチです。


その人の娘さんは30歳以上も歳の離れた男性と
反対を振り切って結婚されたのが背景にあります。

少し長くなりますがお許しください。


おばさんの誕生日に
娘夫婦がお寿司を食べに連れていってくれたらしいです。

「良かったですねえ」というと

「最初に出てきたお刺身を食べてるうちに
お腹が大きくなってしまって
お寿司が美味しく食べられなかったわ」とグチ。


今度は娘さんが誕生日のときに
焼肉を食べに行ったそうなんですが、
このおばさん自身は肉が苦手なんですね。

「ぜんぜん美味しくもなんともなかったわ」とグチ。


感情的には、

自分の反対を押し切って結婚したんだから面白くない。


だから

「楽しい、うれしい顔はしたくない」

というのもあるんだろうとは理解できるんです。


そう表現することで結婚を許した、自分が懐柔された、
と思われたくもないんだろうとも。

 

でも自分が肉が嫌いでも、自分の子どもたちが
美味しそうにお肉を食べているのをみていると、
こっちまで幸せな気分になるという人もいますよね。


そして実際問題として、

目の前の料理の味付けがどうのということよりも

楽しんで食べたほうが幸せ感は大きいですよね。


最高のグルメ料理を牢獄で一人で食べるよりは、と考えたら。

 

この場合「美味しくない」というグチは

「楽しくない」というグチとイコールではないにしても、

ニアリーだとは思いませんか。

 

自分が幸せを感じることで虫の好かない婿を
「喜ばせるのは損だ」とまでは思っていないかもしれませんが、
「自分は幸せじゃないんだ」と表現することで、
少なくとも自分は不快になっているから、

自分的には損をしますよね(苦笑)


たとえお肉が苦手でも、
健康上の理由で食べないにしても、
宗教上の理由にしても、
日本人ならお肉のある場所で楽しく過ごすことは
不可能ではない気がします。

 

余談ですが、このおばさん、足が特に痛いんです。

なのに娘夫婦が近くにいないことをいつもグチッています。

でも、絶対に病院には行きません。


人間って複雑ですね・・・

 

 

 


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イキイキと生きましょう

  • 2017.04.26 Wednesday
  • 17:28

山下です。

もしかしたら以前も「呼吸」について

ふれたことがあったかと思います。

 

今日はあんまり教訓めかした(?)話ではないので、

くだけた気分で読んでくださいね。


あっ、それと医学的な知識は横に、でお願いしますね。
今回は楽しんでいただけたらそれでうれしいので。

 

呼吸法では、

「吐く息が大事。息を吸うのではなく、吐ききると自然と空気は

入ってくる。ほら、赤ちゃんも、まず生まれてきたら先に

『吐く(オギャーと泣く)』でしょう」

という表現にしばしば出会います。

 

でも、、、、その吐く息は「どこにあった」のでしょうか?


お腹のなかにいるときは鼻から呼吸していませんでしたよね。

もちろん、

お腹のなかにいるときから肺も心臓も動いていますから

「息をしていなかった」わけじゃないんですが、

オギャーと吐ききるだけの空気をどこで仕込んだのでしょう。

 

と、ふと考えてみると、

人間がなくなるときは「息をひきとる」んです。

すうーっと吸って、お亡くなりになるんですね。


なぜ、これから生きるわけではないのに、
わざわざ息を吸ってから死亡するのでしょう。

吐ききってすっからかんになってから臨終を迎える方が
なんとなく、自然な気もするのですが・・・。


もしかしたら、死亡直前に吸った息を・・・

産まれてくる時に、吐き出す・・・・とか????

 

つまり、

これは魂は生まれ変わる、ということを表現している???


どうでしょうか。楽しんでいただけましたか。


なんにしても、臨終から誕生まで、

息と息は密接に関係しています。

 

そうであるならば、

 

私たちも息が続く限り(生まれ変わるとしたら、永遠に)

 

「息から息」→「イキーイキ」と息して息ませんか。

 

あ、変換ミス?

 

イキイキと息して(生きて)息(行き)ましょうよ。

 

 

 


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佐竹先生のアトピーのその後

  • 2017.04.14 Friday
  • 14:13

山下です。

 

以前、ここでもご紹介した

 

佐竹先生のアトピー克服の模様です。

 

 

その後、アトピーはすっかり良くなられましたよ☆

 

こちらの記事

http://ameblo.jp/dagora24/entry-12265532269.html

 

 

アトピーでお悩みの方はもちろん、

 

これがどれだけ凄いことかおわかりかと思います。

 

 

また、耳鳴りにお悩みの方にも

 

アトピーなどのこうした症状の背景には、

 

共通の心理や悪循環のパターンが沢山あるので、

 

佐竹先生のお話はとても参考になるかと思います。

 

 

症状の克服にあたっては、

 

いろいろと理論やアドバイス内容も

 

別物のように見えることもあるかもしれません。

 

 

だけど、本質的な部分を見ていくと、

 

それらはつながりあって、普遍的なものなのだと僕は思います。

 

 

その本質的なものって何?

 

それは、

 

●落ち着いて体の声に耳を傾けること・感じること。

 

●今の自分を客観的に見つめること・問いを持つということ。

 

●体に対して優しい気持ちで、丁寧に、そして大切にする視点でのケア。

 

このあたりかなと思います。

 

 

いろんな理論やケアの仕方も、

 

こうした想いを根底に持ちながら進めていけると、

 

今の自分にとって、

何が良くて何が悪いのかの判断が明確になってくるかと思います。

 

 

佐竹先生のお話は、

 

そういうことにも深く気づきを与えてくださるお話ですね☆

 

楽しく食べると○○がアップ?

  • 2017.03.31 Friday
  • 16:01

山下です。

ある本を読んでいたら、こんなことが書かれていました。


被験者に美味しいけれど
体に悪いものを食べてもらう実験なんです。


罪悪感を抱きながら食べた被験者には
免疫機能が一時的に低下したのが見られた。


それを味わいながら楽しく食べた被験者には
免疫機能が非常に高まっのが見られた。

 

海外の実験データでしかも論文かなにかなのか、
出典はわからないんですけどね。


面白いなあ、って思います。

とはいっても体に悪いものはやっぱり体に悪いとは思います。


だから、みなさんも積極的に体に悪いものを
食べようとはしないでくださいね(笑

 

ただし、これで説明のつくことも思い浮かびます。


タバコ吸っていて90歳まで元気に生きている
おじいちゃんとかも、この話と関係があるのかも。


ほかにも、

「楽しく食べる」とはニュアンスが違いますが、

「いただきます」「ごちそうさまでした」と言って

手を合わせて感謝して

食べる習慣も捨てたものではない気がします。

 

「うわ、肉だ、体に悪いんだよなあ、、、

きっと血液が酸化して・・・動脈硬化になりやすくて」


と考えながら食べるのと

 

「牛の命さん、ありがとう。感謝します」


と思って食べるのと違ってくる気もしてきました。

 

ベジタリアンもおおいに結構ですが、
そこまでいけない私はまずは食べるなら楽しく味わって、
感謝しながら食べてみることから始めてみようと思いました。

 

薬もそうかもしれません。


自分の子どもに薬を与えながら

「薬は体に悪いんだ、自然治癒力があるんだから

飲ませないほうがいい」

と罪悪感を持ちながら薬を飲ませている部分も否定できません。

 

でも、

飲む・飲ませるときの心もきっと大切だったんでしょうね。

 

誰かが一生懸命開発して作ってくれた、

この薬でうんと楽になる。


ありがたいなあ。


そういう気持ちを忘れていました。

 

話は飛びますが、

これはすべてに通じるような印象を持ちました。

 

「食べる」ことでさえ、

気持ちで免疫に作用するとするならば・・・


自分に罪悪感を持って生きる。他人を恨んで生きる。

 

どちらにしろ、

「楽しくない生き方」は免疫を一時的に下げる。


といえるかも知れません。

 

一時的に、と冒頭にあわせて書きましたが、

一日中、ずっと「自分を責め、他人を責め」て生きているなら、

一日中ずっと、免疫が低下しているかも知れませんよね。

 

楽しく食べることで免疫機能が一時的にアップするなら、

楽しく生きたら、

免疫機能がずっと高まっている状態になっちゃうかもです。

 

他人、病気、環境、を責めることは、

健康のためには割に合わない、てことなのかなあ。

 


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自己免疫に思う

  • 2017.03.21 Tuesday
  • 17:37

山下です。

自己免疫ってご存知ですよね。


体をいろんなことから守ってくれているありがたいシステムです。

体調不良やストレスから自己免疫力が落ちて、風邪をひいたりする
こともあるようです。

そこで言葉遊びから自己免疫について考えてみました
(エイズなどは除外してください)

 

どういうときに自己免疫が落ちるのか?

 

自己免疫とは、体を守るシステムです。

そうであるならば自分の体を守る必要を感じなくなったら、
システムはどうなるでしょう。


システムの防御力は落ちる気がしませんか?

守らなくていいなら、頑張って守ろうともしないでしょう。


たとえば、自分をイジメるような考えに支配されているとき。

「自分なんてどうせダメだ」
「いつもうまくいかない」
「誰も自分を評価してくれない」
「自分には価値がない」・・・


価値のない自分なら「守らなくてもいいんじゃないか?」
という風に自己免疫が判断したら・・・?


では他人をイジメルような考えのときはどうでしょう?


「私はあいつには腹がたつ」
「私はあいつだけは絶対に許せない」
「私にとってはあいつさえいなければうまくいくのに」・・・


別に自己免疫には影響はないようです。


ただ問題は。。。

たとえ話によくでてきますが、、

「梅干を思い浮かべないでください」とか

「赤いリンゴを思い浮かべないでください」では

必ず「思い浮かべてしまう」という事実。


必ずしも「文章」どおりに頭に反映されていないのです。

インパクトのある部分がインプットされていく。


もし、他人をイジメる考えのときに「私・・・腹が立つ」
「私・・・許せない」「私・・・いなければうまういく」という風に
自己免疫が受け取ってしまったら?


これはこじつけにすぎるでしょうか?ではこう考えて見ましょう。


なぜ腹がたち、なぜ許せず、なぜあいつが消えてほしいのか。


「あいつが自分を傷つけることができる、自分はあいつよりも卑小な存在」

という考え方が、自分を支配している可能性もなきにしもあらずだと思うのです。


「天上天下唯我独尊」のスタンスにたてば、
誰も自分を傷つけることはできなくなるのですが・・・。


自分のほうがはるかに上だ、と余裕のあるときは笑って許せることでも、
そうじゃないときは許せなくなったりします。

余裕があればこっちが悪くなくても謝ったりできるくらいです。


つまり自分が他人に対してイジメる感覚を覚えるときは、

自分を小さく感じている、過小評価している、要は自分をイジメる
ことと同じときがあると思うのです。

 

イライラやストレスで自己免疫力が低下するというのは、それだけ
「自分で自分の尊さ」を低く見積もっている、ということがあるのかも
しれません。


自分はこの世にたったひとりしかいない、絶対に侵すことのできない
尊い存在なのだ、というとき、自己免疫はその力を最大限に発揮して
活躍するかもしれませんね。

 

これは気づきのメルマガであり、ひとりひとりの感覚を大事にして
いただきたいと思います。

ここに書かれてあることが正解か間違いか、ではなく「これは間違いだ」
と思われるのならその感覚を大事にしていただければと思うのです。

それが個人にとってのひとつの気づきなわけですから。


ただし、「これが正しいのだ」と思うことがあっても、
それはあなた個人の気づきであり、他人に押し付けるものではない
こともご理解ください。

「この意見が正しい。病気になってるやつは自分を卑下しているのだ
君はもっと自分に自信をもちなさい」などと押し付ける必要はこれっぽっ
ちもないのです。

なぜなら、病気の人はあなたよりももっと深い気づきのチャンスを
与えられているのかも知れないのですから。


 


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