偽装問題の陰に

  • 2017.01.28 Saturday
  • 17:05

山下です。

日本人は、いつからか水に流すよりも責めることを選んだようです。
社会正義のためには責めることも必要だということもわかります。


でも、ともすると責めて満足しちゃうことがあるようです。


消費期限の偽造がバレた会社は、
これからは消費期限がすぎるとバンバン廃棄するのでしょうか。

なんだかもったいないような。。。
(もちろん余らせない仕組みを考えてはいくでしょうが)


現に今まで賞味期限の切れたものを知らずにずっと食べ続けてきて、
大きな食中毒問題など起こっていなかった。

環境問題、食糧問題、深刻ですよね?


「これからは偽装しません。」

それはどういう事態を引き起こす可能性があるんでしょうか。


もし、今が江戸時代の飢饉の時なら、そういうのだってガツガツ口に
しているかもしれませんね。


それで問いたいんですが、

いま、世界に飢饉並みの食糧事情の国ってないのでしょうか。
(別に古くなった食品を恵んでやれっていう話じゃないですよ。
そういうことを考えずに、責任を取らせて終わりでしょ。てことです)


責めるとそういう方向にいっちゃうことってあるんです。


責めると、そして責任をとらせると、大きな問題に気づかない
こともでてくるのかもしれません。。


そんなに大きなことでなくてもいいんです。個人対個人のことでも。


ただ、個人的なことには誰も責任は取れないんです。

自分を責める、親を責める、環境を責める、、誰も謝罪して責任なんか
とれっこないです。


相手に非がありそれを認めさせ謝罪させる。

これ、自分や親や夫や子どもや環境が相手ではどうしようもありません。


どうしようもないということは、もしかしたら、、、

・偽装問題のようにもっと根本的な問題があるのではないか
・誰かを責めること以外での解決方法があるのではないか
・あるいはまったく次元の違う問題の解決のヒントがそこにあるのではないか

と考えてみたらどうなのか。


身内を殺された人が犯人から謝罪されて納得できる人が大多数とは思えません。


そもそも、責任のとれる「過失」「誤り」などあるのか、
とさえ思えてきます。

・なぜ自分に価値がないと思うのか
・なぜ夫を責めたいのか
・なぜ親に謝罪させたいのか
・なぜ環境の不運を呪うのか


さて、自分が本当に手にしたいものはなんだったのでしょうか。


周りの諸悪の根源がすべて自分にむかって謝罪して責任をとったら、

本当に自分はもうそれだけで・・・そう言い切れるでしょうか。

 

 


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