人生マラソン

  • 2016.08.27 Saturday
  • 10:19


みんな「人生マラソン」をしているだけですからね。

 

 

人生を全うするというゴールに向かって
それぞれ個々に、自分の道を進んでいます。

 

別に競争じゃないのに、
常に何かに追われて全力疾走の人は、
ハァハァと息切れが止みません。

 

この息切れした状態が
耳鳴り等、自分に気づかせて教えてくれるための
病気や怪我といった「症状」です。

 

 

それに気づけた人は、
ただペースをゆるめるか、立ち止まってもいいんだと
道の進み方を変えるだけなんですね。

 

 

僕らみたいな存在は、
ただの「給水係」なんです。

 

 

走っていて息切れが続いて苦しい人に対して、
水分を補給させたり、スポンジにタップリ水を含ませて
体の熱を下げるお手伝いをしたり。

 

ただそれだけの役目なんです。

 

 

大事なことは、自分自身が頑張って走っているから
息を切らしているだけなんだと気づくしかないんですね。

給水係にこの息切れを止めてくれー!って言ってても
どうしようもないんですね。

 

自分の道は自分自身で選んだペースで
突き進んでいるだけですから。

 

当然、給水係の人にも、それぞれ自分の道があるわけなのです。

 

 

そして、

「ゴールを見失っている人」もまた、
同じように症状の警鐘が鳴っていたりします。

 

ゴールを見失っているだけでなく、
ゴールがあること自体を忘れてしまっていたり。

 

 

だから、給水所に居座るんだけど、
給水係には給水係の道がありますから、
ずっとそこに居てくれるわけではないんですね。

 

 

ひとときの安堵もすぐに消えて無くなるわけです


するとまた路頭に迷い込んで、ただその場で悶々とする。

 

そうした状態が症状や不都合な現実となって警鐘を
鳴らしてくれていたりします。

 

 

ゴールは色んな段階や種類があります。

 

 

人生を全うするという終末のゴールもありますが、
その前に勉強のゴールもあれば仕事の課題のゴールもある。

 

たくさん細かなゴール。通過地点・中継地点ですかね。

 

 

そういったポイントポイントに、
どんなペースで進むかは自分次第なんですね。

 

 

競争と捉えて頑張るもヨシ。

 

競争じゃないと捉えてゆっくり歩むのもヨシです。

 

 

不自由と嘆く自由もあるくらいですから(笑)

どう生きるかは自分で選んでいるということに気づけると、
もっともっとご自身の可能性を感じて楽しく進んでいける
のではないかと思います。

 

 

苦しくなったときは、

 

またこの人生マラソンを思い出して頂ければと思います。

 

受け入れるとは

  • 2016.05.15 Sunday
  • 11:17
 
「受け入れる」とは、

感覚の世界を表現する言葉なので、
いくら文字で表現しても、

その領域のことは頭で理解しようとしている限り、
わかることは無いんです。


例えば、

受け入れるとは、諦めることでもあります。


だけどこう言ってしまうと、

諦めるということが絶望を意味しているように思えて
否定的に見えますよね?


でも、本当の意味での諦めるとは、

「認める」「許す」とか、そういうことでもあるんです。


まだこのあたりの感覚が育っていない方の場合、

投げやりな意味で

諦めるを使っちゃっていたりするわけなのです。



自信を思い出すことはとても大切です。

幼少からの育ちで、
そういう自信が抑え付けられていたとしても、
克服することは可能です。


それは、小さな成功体験を積み重ねることです。


自信が無い方の多くは、
大きな結果や成果ばかりを見ようとし、
それしか評価対象に無かったりします。


だけど、本当の自信は、

当たり前のことに感謝する心が

自信を漲らせてくれるようになります。



当たり前のことですから、
目の前の日常生活の1つ1つのことです。

トイレに言ったり歯を磨いたり、
そういう当たり前に出来ていることを
丁寧に見つめることです。


自信が無い方の場合、
目の前のことを見ていなかったりするのです。


目の前のことをしながら、
何か他のことに心を奪われていたりするんです。


つまり、今を生きていないということです。

今に自分の心が無いから、
常にフワフワしていて落ち着かないのです。


目の前の今を丁寧に大切に生きること。

素直になること。

感謝できる心を養うこと。


そうして自信は根を張り、
自分の土台となっていきます。


受け入れる心を持つためには、
まずは目の前のことを丁寧にコツコツと
当たり前のことに感謝できる気持ちを育てることからです。


その中で、人を信頼することです。


傷つけることを恐れて、
表面的な付き合いしかしていなかったら、
深い絆は得られません。

深い絆が無いと、自分を支えるものが感じられず、
常に中途半端な状態になりがちになり、
ますます自信からは遠ざかってしまいます。


人は傷付いた分だけ成長し
自信の漲る人間に変わっていきます。


つまり、本当のところは
傷付くということは無く、それは傷付いたと捉える心の問題で、

色んな出会いや葛藤をすべて自分の学びだと受け止められれば、
嫌に思える出来事も、すべてがより良くなるための肥やしなんだ
ということでもあるわけです。


悩みや問題を繰り返してしまうのは、
こうした本質的なことと向き合うことが
人としての1つの道でもあるからではないでしょうか。

逆に、このことを克服していけると、
多くの豊かさを手に入れることにもなるということ。


そんな風に思います。

 

すべて学び

  • 2016.05.02 Monday
  • 21:47

GWはいかがお過ごしでしょうか。


さてさて、

他人が言う「こうした方がいい」に
翻弄されることはありません。


どちらを進んでも、学びです。


どっちがいいかなんて、
自分の目で、耳で、肌で、感覚で、

経験を通してでしか、わかろうとしないものです。


いくら外野がああだこうだと言ってても
自分自身が経験を通して学んで納得しないことには、
何にもならないですよ。


ですから、

そこは、あなた自身がどうするかが大切なのです。


しっかりとご自身の頭で、意志で考えて決めていけば、
正しいとか間違っているとかは無くなります。


どっちに転んでも勉強です。


損得勘定で見なければ、

すべて自分の身につくことですからね。
 

脱する

  • 2016.01.15 Friday
  • 17:43

あけまして!

おめでとうございます!!!

って、遅い? (アセアセ・・・


もうね、

年末年始もあったもんじゃない!

不眠不休!

ということで、
今年もバイオリズムを高めていきましょう!


「脱する」

つまり、「治る・良くなる」というのは、
症状「だけ」が解決することではなくて、

「人生」そのものが、向上して初めて、
ほんとうの意味で良くなったと言えるのかなと思っています。


僕がお伝えしていることは、
症状の原理原則なんです。

そしてそれは、症状だけの話しではなくて、
生きる在り方、過ごし方、考え方、捉え方にも
広がって行く根本的な問いかけでもあります。


なので、症状が良くなるということは、
人生そのものも向上していって初めて「良くなる」
ということでもあるわけです。

人間はロボットではありませんから、
ここのネジとここのネジを締めれば、
ハイ。問題の症状は解決です!
ということにはならないんです。


ぜんぶつながっているんです。

全部です。すべて。


人間関係から環境から心から体から・・・

もっと広く見れば・・・

あまり抽象的なことは言いたくありませんが、
(いや、いつも抽象的かっ、苦笑)

ほんと、宇宙と1つなんです。


ぜんぶ、すべてつながっていますから。
それは科学的にも至極当然のこととして、そうなんです。

だから、

「私の症状には効きますか」という問いに対しては、
「症状だけ」という限定された枠組みで考えているようでは、
本当はそんななまっちょろいことではないんですよ

というのが本当のところです。


僕がご提供しているDVDのタイトルに、

「耳鳴りは治療をやめれば消えていく」と書いてあるように、

治そう!とか、治りたい!ということにこだわっている限り、

なかなか楽にはなれなくなります。


そういう価値観で観るのではなくて、
「楽に」「生きやすく」「充実して」生きられたら
それで良くないですか?ってことです。

そうやって、偏ったこだわりから気持ちを外したその先に、
今の苦しい状況は変化して、脱していくわけです。

その「脱する」というのも、
本当に耳が良くなって、ご自身がいま描いている
イメージ通りの回復をして脱する場合と、

症状自体は、とくに大きな変化は無いんだけれど、
気持ちがもうそのことに囚われていないから、
日常生活に何にも問題は無くなり、
なんの支障もなく過ごせるようになる
という意味での「脱する」のカタチ、成果があるわけです。

今の感覚からしたら、
症状はそのままで、気持ちだけ楽になっても
決して楽にはならない!やっぱり症状が改善されないことには!
という思いで見てしまうかもしれません。


だけど、本当に症状を受け入れて、
そのことにこだわらなくなったとき、
果たして今のように症状に悩み、煩わしい状態で
日常を過ごしているかと言えば・・・

さあ、そこは自分自身の目で確かめるしかないのです。

山頂の美しさは、
山頂に立った人だけが実感出来ることなのでから。



「生きる」というのは、真っさらで、何の問題もなく
何の不自由も不具合も無く生きるというわけではないようです。

個々にそれぞれの生き方があって、
生まれたときの赤ちゃんは真っさらな無垢な状態ですが、
生きて行く中で、経験を積みながら傷や勲章を抱えて
そうやって年を積み重ねて深い人間になるのが人生。


何の傷もなく、何の経験もなくというのは、
幸も不幸もない、良いも悪いも無い・・・

果たしてそこにどんな人生があるのでしょうか。



いま症状に悩んでいることも「経験」であり、
今後の人生に確実に生かされてくる大切な経験なんです。


それを、そういう良い意味で捉えて生きて行けるか、
あるいはヘソを曲げて悲観的にネガティブに生きていくかは、
すべて自分の選択次第で光にも闇にもなっていく。

僕はそう感じています。


ってことで、

2016年もよろしくお願いします!







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体験を通して得るもの

  • 2015.12.28 Monday
  • 09:48

いつもありがとうございます。

昔は気にもとめなかったようなことにも、
気をまわすようになってきている、
大人の階段のぼる山下です。

さて、
魚の釣り方を教えている、です。


僕は中学生の頃「釣り」にハマりました。


高校を卒業するまで、
休みの日はほとんど友達と釣りに出かけていました。

最初、釣りを始めた当初は
まったくと言っていいほど、釣れなかったんですね。

しかもその釣りというのが
知っている人は知っている。


ヘラブナ釣りなんです。


中学生でヘラブナ釣りて(笑)
かなりシブイです(笑)

ヘラブナ釣りは難しいんです。


だから
釣りを始めた頃はまったく釣れなかったです。

それでも、
休みの日なれば、朝の4時とか5時に起きて、
一人で山下達郎のクリスマスソングを口ずさみながら
せっせと出かけるわけです(笑)

野池に来ている常連さんは、
皆さんおじさんやお爺さんばかりです。

社長と呼び合っていたりするので、
どこかの社長さんや隠居した人が
ゆとりのある余暇を楽しんでいるといった感じです。

そんな中、
あどけないガキんちょの山下君が、
釣れもしないのに毎回まわりのおじさんの
見よう見まねで、糸をたらし、
ウキを一日中じっと見つめているわけです。

おじさんたちからしたら、面白い光景だったことでしょう(笑)

だけど、回を重ねるごとに、
ひとりのおじさんが声をかけてくれました。


どや?かしてみぃ。


そうしておじさんは僕の釣り道具を手にとり、
ウキと釣り針までの距離を計ったり、
ウキに対する重りを計り、
いろいろ仕掛けのノウハウを話ながらサポートしてくれたんです。


僕は言われてることが専門的すぎて
サッパリわからないんですが、
とりあえず言われたことを思い出しながらやるわけです。

そうしているうちに、
何となく手応えのようなものを感じて、

次の瞬間…


ウキが、

ツン…

ツンツン…

来た〜!


バシュッ!

僕はウキがツンツンすると同時に、勢いよく竿を上げます。


スカッ…


なぬー!

ほんとなら、ここでガシッと魚がかかって、
ヤッホーイ!というドラマな展開が待っていた
と言いたいところですが(笑)

まあ世の中はそう甘くないと教えられるわけです。

だけど、
なんとも言えない手応えを大切にしながら、
集中して続けていくうちに、
ウキにもいろいろな動きの意味があることを知るわけです。


例えば、

ツンツンしているのは、
様子伺いでエサをツツいているだけで、
本当に口に吸い込んでいるわけではなかったりするわけです。

ウキがスーッと沈むのも、
エサを体に当てて転がしているだけだったり。


そうして様子伺いしたり転がしていくなかで、
タイミング良くストン!とウキが1メモリから2メモリくらい
入る瞬間が出てきます。


これが本当のアタリで
エサを食べた瞬間だったりするわけです。


そうゆう魚との攻防。


水面下でまったく見えない中を
ほとんどイメージだけで、
それもウキの動きだけで魚の動向を察知するわけです。


そうゆうのが次第に、
リアルに自分の肌感覚として身について来ると同時に、
コンスタントに釣れ始めるわけです。

そうして、ひとたび自分の感覚を手にしたときから、
どんなに釣り場が変わっても、
ある程度の釣果を出せるようになっていったのです。


それもこれも、
釣り方を教えてもらったのであって、
釣れるという体験は、自分自身を通してでしか得られません。


もう一度言います。


体験は、自分自身を通してでしか得られないんです。


僕はこのことをおじさんから教えられたんですね。

どんな場面においても、
自分で考えるということを止めない精神を
養わせてもらったんだと思っています。

あのとき、もし、
仕掛けのすべてを準備してもらい、
アタリの瞬間までを代わってもらっていたらどうだったでしょう。

僕はウキのどんな動きがアタリで、
どうやったら釣れるという肌感覚を知らないまま、
そのおじさんが横に付いているときしか、
釣ることは出来なくなっていたのではないでしょうか。

ほら、

ちょうど、車の道を覚えるのと一緒です。

目的地まで行くのに、
運転している人は、道を覚えるけど、
助手席に乗ってると道を覚えないのと一緒です(笑)


目的地に向かって車を進めている運転手は必死ですから、
景色をよく見ているわけです。
だから一度通った道を覚えやすい。


だけど、
助手席に乗ってると、
座ってるだけでも車は進んでくれるわけです。

そしたら、
景色だけが流れて重要な目印も簡単にスルーしてしまうんですね。

だからなかなか道順が頭に入らなかったりします。

今度、ひとりで行かなくちゃいけなくなっとき、
また1から地図を広げてスタートしなくてはなりません。


こんな感じで、
自分自身の目的は、
自分で一歩一歩踏みしめて行く意志が
求められるのではないでしょうか。

悩みの症状が治って欲しいと願うことも同じで、
その目的は自分自身の人生の中の一部ですよね。

だとしたら、
まずは、自分の足で踏みしめて行く意志を持つことが
大切になるのかなぁと思います。


24時間365日、
先生が横についていてくれるわけではないですものね。



常に場面や状況には違いがあって、
その時その時で臨機応変に対応できる感覚が
求められるわけです。

その大切なこと何もかもを人任せにしていたら、
自分の人生なのに、
助手席に乗っているのと同じになってしまいますよね。


だから、「治してもらう」という考え方から、
ちゃんと自分で向き合うということが、
すごく重要になってくるんじゃないかと思うのです。


それに対して、
真剣に向き合い続けた果てに、
どんな状況の中からでも、
自分で考えて突破していく力強さが出てくるのではないかと。

経験は自分を通してじゃなきゃ得られないものですから、
やっぱりそこはヤケにならずに、
1つ1つ丁寧に積み重ねていくことが大切なんだと。


結果を急ぐよりも、
まずは目の前の大切なメッセージに気づき、受け止めて行くこと。

ただそれを積み重ねていくことが大切なんじゃないかと。







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「生きる」は、「プロセス」

  • 2015.12.12 Saturday
  • 09:39
エントロピーの法則と言って、
物事は混ざり合うように出来ています。


例えば、
コーヒーにミルクを垂らします。

最初は白と黒に分かれていますが、
次第に混ざり合って、カフェオレになります。


ひとたび混ざり合うと、
もう白と黒には分けられなくなりますよね。


自らの人生で得たもの、感じたもの、触れたものは、
大なり小なり、人生の中に全て溶け込んでいます。


そういう様々な見えない部分、
つまり「お陰様」があるから、
私たちはいま「生きる」ことを全うできているわけです。


自分一人で、自分だけのチカラで生きているわけではなく、
見えないところで色んな力添えがあって、
生かされている部分が実は大きかったりしますよね。

「ああ、これが原因だったんだ」と、
気づきが生まれれば、
そこには必ず感謝が生まれます。


今はこの耳鳴りめ!と目の敵にしていることの中にも、
「ああ、そらこんな生活してたら、耳鳴りもするわなぁ」に
気づけるということでもあるわけです。


その気持ちが芽生えたならば、
自然と目線や選択の幅、行く道も広がって来るわけです。


だから、本当に、心の底から、そこに気づけたなら、
それだけで十分です。

だけど、物事は「プロセス」です。

すべては順序立てて、時間と共に、です。

気づいたら、一瞬にして見える世界、
感じる世界、感覚は変わっていきます。


だけど、

種からいきなり花が咲くことはないように、
いきなり手に入れたい結果だけがドーンと
目の前に何の過程も得ずして現れるわけではありません。


その問題、課題を、複雑にしてしまっていたら、
その分だけ、それらを解いていく時間、プロセスもまた
人生の学びとして必要に迫られるわけです。


でも、だからといって、すぐに結果が得られないことを
悲観してヘソを曲げるのではなく、
既に答えの出口を見つけたなら、それを目指して歩いて行く
道中を楽しいものに変えて行く仕事が「生きる」ということ
ではないのかなと思います。


結果だけを手にする人生では、
わざわざ生きている意味は無いのではないかと思います。


自分を変える




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自覚2

  • 2015.11.14 Saturday
  • 21:30
悩みの渦にいるとき、
人は情報に翻弄され、
ますます悪循環にはまりやすくなります。

だから、
情報断食はとても大切なことなんです。


目の前に情報があるから
「情報が悪い」んじゃなくて、
そういうスタンスにいる自分自身が
自分で情報を引き寄せている
という自覚が大切になるんです。

そういうのに反応する目を
持っちゃっているということです。


私たちは、
日常の中で沢山の
流れる情報を前に生きています。

その中から、器用に自分の求める情報を
自然とチョイスしているんです。

無意識的にも。


ほら、
だからクルマの購入を考えているときは、
気になるクルマがあるときは、
道を歩いていても、
同じクルマを目にしやすくなりますよね(笑)


安心する情報であれ、情報は情報なんです。


結局、そういう外の情報を通して
「自分を見る」「自分を比較する」
ということをしてしまうわけです。

それが知らず知らずに蓄積されて、習慣を作ります。


そうして、
ちゃんと自分自身を「生で」感じるということを
忘れていくわけです。


耳鳴りが鳴っていれば、
気にしないようにしたいと思うのが普通です。

だけど、
自分が鳴らしていると自覚したとき、
耳鳴りは何かを教えてくれているのかも、
という謙虚さが生まれます。


耳鳴りはいったい何をおしえてくれているのでしょう?


そういう問いを持って、
ちゃんと耳鳴りに耳を傾けてあげることが
求められているということです。


「この音は、私に何を教えようとしているのだろう」

「私のどんな至らないことを、気づけと教えてくれているのだろう」

1日5分でもいいので、
そういう気持ちで音を聞いてあげることが大切なんです。


それ以外のときは、
気にしないようにというスタンスでも仕方ありません。


ですが、せめて5分だけでも、

何を教えてくれているんだろう
という気持ちで向き合ってあげてください。


その時に答えが返ってくるわけではありません。


だけど、そういうスタンスの積み重ねが、
自覚の視界を広げてくれるようになり、
日常の中から、ヒントを拾えるようになるのです。


「私が、なぜこんな症状に悩まされるのかわからない」というのは、

自分のことなのに、何故なのか自覚が無いということなんです。


だからこそ、
「何を教えてくれているのか」という気持ちで向き合うことは、
自分の「わからない」という思考を拡げてくれるようになり、
「わかった」という状態を作り出してくれるようになるのです。


だけど、それを外の情報ばかりに求めていたのでは、
いつまでたっても自分の答えが見えないままということです。


答えは自分自身が「あぁ!そうか!」
という内側からしかやってこないですから。

外側でどんなに偉い先生が説明しても、
自分で感じないことには、
わからないものは、わからないままなんです。


だから、
自分の体に聞くことが、求められているということです。


耳鳴りがうるさく気になるのは、
それだけ、気にしてよ!ちゃんとこっちを見てよ!
と言っているんです。









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恵みの雨

  • 2015.10.27 Tuesday
  • 08:51

大切なことは、心身にゆとりをもって
楽しくワクワクと過ごすということです。

それだけです。


難しく考えるから難しくなるのであって、
目指すは、心身にゆとりをもって、
楽しくワクワクと過ごすこと。

どう治すか、どう治るかなんて考えなくても、
それは体がしてくれること。
体の仕事であって、いくら考えても仕方ありません。

逆に、治そうとあれこれすること自体が、
かえって体の治るチカラを邪魔していたりするわけです。


だから、

心身にゆとりを持って、
楽しくワクワクと充実した毎日を過ごすことに
エネルギーを注いでいれば、
体はより良くなる方に向かって働くようになっています。


あとは、一朝一夕で結果を求めるのではなく、
全てはプロセスだと受け止めることです。


何ごとも「過程」だということです。


耳鳴りが気にならなくなって、
今度は耳詰まりが気になって、
だけどそれは、
「そうして体は変化していっている過程でしかない」
ということです。


逐一そこで停止するわけでなく、
その状態で終焉を迎えるわけではなく、
その先に続く流れがあるということです。

その流れの先は、
自分自身の充実感によって、
矛先が変わるということです。


だからこそ、

心身にゆとりを持たせて
毎日を楽しくワクワク過ごすことが大切になるということです。

それは、ずっとハイテンションで過ごせということではなく、
浮き沈みがありながらも、そこに命の鼓動を感じて、
それこそが生きている証であるということを受け止める日常です。

晴天だけが素晴らしいのではなく、
「恵みの雨」というように、雨も時にはかけがえのないものであったりする。

自分の人生に起こる出来事も、
良いことばかりがいいのではなく、
1つ1つの出来事に意味があり、
1つ1つが大切なかけがえのない現象なんだと受け止める心です。

そうした広い受け皿を用意して、
どうして悪いことが起きるでしょうか?

心身にゆとりを持って
日々を充実した時を過ごしていて、
どうやって自分を傷つけることができましょうか?

ゆとりのある判断力があれば、
たとえ一時的に起こる不具合に対しても、
それは一時的なものであり、必要があって起こるものだと
冷静に判断し受け止めて行けるということでもあるわけです。







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教えてくれている

  • 2015.10.11 Sunday
  • 18:07
いつも有り難う御座います。

連休ですね。

いかがお過ごしでしょうか。


「 この症状は気にしないでいいでしょうか 」

っていうご相談をよく頂きます。


僕の方でそれを診断できる立場ではないので、
心配なようでしたら、
まずは病院で診察してもらうことは大切ですからね。

ただ、現代の医療は、
何も無くても色んな診断名を付けたり、
何も無くても色んな処方をしたりするのが厄介かなぁと思います。

具体的に本当に病原体が無いかどうかの判断として
診てもらうことは良いでしょう。

具体的な原因がわからない感じでしたら
病気として過剰に心配する必要は無いですね。

そういった意味では、
病気だと「気にしなくていい」ということになります。


ただ、

症状は「教えてくれている」存在ですから、
自分自身の過ごし方や在り方や考え方といった、
個人的背景を、症状を通して気にしてあげる必要はあります。

それを「気にしない気にしない」と無視していたのでは、
いつまでも自分自身の問題に気づくことはなく、
同じ悩みを繰り返してしまうだけですからね。

そこが大切ですよ。



※先日は幼稚園の運動会でハッスルしてきました〜♪♪





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役割

  • 2015.09.29 Tuesday
  • 09:42

自覚しているか、
意識していないかは別として、
人は何か、この世界に居ていいんだという
「役割感」が大切なのかもしれません。

自分がしてきた道を
後悔したり反省したり。

ふと我に返って立ち止まったとき、
この世界にいることをつなぎ止める何かがあるか、無いか。


その信号はほんの微弱な電波しか発さない。

あまりにもか細く、
簡単に水に溶けて消えてしまうほどだから
ついつい見落としがちになるのかもしれない。


自分の見る世界には
その信号をキャッチする
いろんなヒントが転がっている。

友達との会話
立ち読みで見た一文
ネットを流れる情報

なにか、常に、
気づかせようとしている気がする。

無視して楽しいことだけに
心奪われているほうが楽だけど

そのツケはもしかしたら、
とんでもないカタチで自分に返ってくるのかもしれない。


今度、自分が立ち止まる番になったとき、
ちゃんと誰かにつなぎ止めてもらいたいですもんね。

だから、
気づいたら「実行する」のがいいと思います。

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